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タイの行事や地域
[北部] シー・サッチャナライ

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概要
遺跡公園
  ├ ワット・チャン・ロム
  ├ ワット・チェディ・チェッ・テーオ
  └ ワット・プラ・シー・ラタナ・マハタート

◆概要
 シー・サッチャナライは、スコータイから北におよそ60km。

 ヨム川(Yom River)沿いに広がるこの地帯は、石斧の発見より、その歴史は先史時代に遡るようです。タイや中国の文献では11世紀の街が記述されており、また、考古学的発掘作業からはスコータイ時代(1240年頃-1438年)以前の建物(3世紀のものなど)が分かっています。

 スコータイ時代(1240年頃-1438年)には、王朝の直轄地の1つであり、副王(皇太子の様なもの:crown prince)が住み治めるスコータイに次いで2番目の大きな街として、発展したようです。
(スコータイ初代シーインタラーティット王(King Sri Indradhit)が長男バーンムアン王を送り、またそのバーンムアン王が王位に就い時には、弟を送り治めた、という事から、特別の地となったようです)

 日本では江戸時代の茶人に使われた「すんころく」( 宋胡録、寸胡録)と呼ばれる焼物の故郷でもあります。

(「すんころく」は「サワンカローク(Sawankhalok) 」が訛ったもので、英語では「スワンカローク焼き」と呼ばれるとか。 フィリピン、日本、インドネシアなどに輸出されていたようですね)

◆遺跡公園
[写真]
 ヨム川(Yom River)沿いに広がり、およそ45kuに215以上の遺跡がある、広大な遺跡公園。
 バンコクからは、北へおよそ550kmのところに位置しています。

 スコータイ遺跡公園に負けず劣らず、広く沢山見るものがあり、歩いて回るのは大変かも。

 外国人(日本人)は、40バーツ(120円ぐらい)、車は50バーツ(150円ぐらい):(2005年)

◆ワット・チャン・ロム
[写真]
 13世紀(1291年)、ラームカムヘーン大王により、クメール軍を破った戦勝記念に建てられたと言われる寺院で、城壁内のちょうど真ん中に位置しています。

 スリランカ様式の釣鐘型の仏塔(チェディ)は、高く正方形の土台に立ち、(崩れかかってますが)39頭の象に支えられています。

◆ワット・チェディ・チェッ・テーオ
[写真]
 ワット・チャン・ロムの向かいに建つこの寺院、7列に並ぶチェディ(仏塔)の寺院、という意より、「ワット・チェディ・チェッ・テーオ」(Wat Chedi Chet Thaeo)と呼ばれます。

 15世紀ごろ建てられたようですが、スコータイでの最も美しい寺院の1つとも言われ、中央には、蓮のつぼみ型のチェディ(仏塔)があり、その周りにも、大小さまざまな仏塔が並んでいます。
(33基と言われてますが、数えてません。)

 スコータイ遺跡公園の「ワット・マハタート」(Wat Mahathat)のようですね。

◆ワット・プラ・シー・ラタナ・マハタート
[写真]
 遺跡公園からおよそ2Km、シー・サッチャナライの南の城壁の外のチャリアン(Chaliang)(※1)という名の町にあるお寺、「ワット・プラ・シー・ラタナ・マハタート」(Wat Phra Si Rattana Mahathat)。

 このお寺は、スコータイ時代に作られたとされ、写真に見られるように、大きなクメール様式のトウモロコシ型の仏塔(プラーン:Prang)があります。
(元々はクメール様式だったが、後にタイ様式へと変わったと考えられています)

 アユタヤ時代後半(1732-1758)に、バロマゴート王(King Borommakot)により重要な修復が行われています。


※1)チャリアン(Chaliang)
このチャリアン(Chaliang)という町は、クメール時代(802 - 1432)の11世紀には既に存在し、シー・サッチャナライよりも古い町と考えられています。

(ちなみに、関連は分かりませんが、ピサヌロークにも、同じ名前のお寺がありますね。)


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